写真による紹介:エスペラントの町ヘルツベルク(pdf 3.4 MB)
 
ヘルツベルク・アム・ハルツはドイツ中部の町です。町には900年の歴史があります。町の歴史や名所、姉妹都市交流などについての情報はこちらをご覧ください(ドイツ語)。エスペラント関連の情報も記されています。http://herzberg.de

「エスペラントの町」のはじまり
2006年7月11日の市議会での全会一致の議決により、翌7月12日からヘルツベルクは正式に「エスペラントの町」を名乗っています。その後、当時の市長ゲアハルト・ヴァルターのもとには世界中から祝辞が届きました。

100
年以上の歴史があるヘルツベルクのエスペラント活動
1910年3月10日、地域の新聞であるクライス新聞に、ハルツ山脈南部地域のエスペラント・サークルの設立を呼びかける記事が載り、その創立の集まりはヘルツベルクで行われる旨、記されていました。市の文書館で再発見されたこの記事には、地元の名士の名前が挙がっています。ドイツ語による記事の紹介および現物の写真もご覧ください。

姉妹都市交流
エスペラントはとりわけヘルツベルクとポーランドのグラとの姉妹都市交流に有効活用されてきました。2005年に両市の市長がエスペラントを中立的な架け橋言語として使うことに合意しました。エスペラントは両市の学校で教えられています。2006年8月、ヘルツベルクの林間休暇施設ではじめての両市の生徒交流が行われ、以降、交流が続けられてきました。

エスペラント活動の先駆者
現在につながるヘルツベルクのエスペラント活動はヨアヒム・ギースナーがエスペラント講座を始めた1960年代にさかのぼります。ヘルツベルクの駅長でもあったギースナーは46年間、ドイツ鉄道エスペラント連盟の代表として、また22年間、国際鉄道エスペラント連盟の会長として活発に活動を展開し、約400の歌をエスペラント訳しています。

活動
1976年に設立された南ハルツ・エスペラント会は、主に教育や文化に関する活動を行っています。ヘルツベルクの異文化間センター(エスペラントセンター)はドイツエスペラント協会の教育・文化部および国際エスペランティスト教師連盟の教育センターをも兼ねています。年間をとおしてエスペラント講座や教養・専門講座やその他のエスペラント行事が行われています。ヘルツベルクは、ドイツおよび国際的なエスペラント教師の養成センターになっています。

ヘルツベルクは、エスペラントで道案内やメニューなどの情報が提供されるモデル町をめざしています。既にエスペラントセンターなどへのエスペラントによる案内標識が設置されています。2007年には山の上のレストランであるグローサー・クノレンで、最初のエスペラントメニューができました。
 
異文化間センターの教育・文化行事のみならず、美しい風景と興味深い歴史を味わうためにも、ヘルツベルクは訪ねる価値があります。

位置と交通
ヘルツベルクはドイツ中部のハルツ山脈南部に位置しています。山脈の端には岩や洞窟が特徴的なカルスト地形が広がり、山脈はハルツ国立公園に指定されています。ジーバー、ローナウ、シュヴァルツフェルト、ペールデといった近隣の村々も休暇を過ごすのに最適です。
ヘルツベルクは国道B243、B27をとおって高速道路A7とつながっています。ハノーファー、パーダーボルン、ハレ/ライプツィヒ、ベルリンの空港からもそれほど遠くありません。

ようこそ!
ヘルツベルクは、みなさまのご訪問をお待ちしています。歴史のある美しい町であるだけでなく、エスペラントによる記念碑や標識などが随所にみられるのはヘルツベルクならではの特徴です。年間をとおして行われている、エスペラント講座をはじめとするさまざまな行事もぜひご確認ください。